2009年4月4日 土曜日 曇り/小雨
昨日はつるや旅館と広重美術館を紹介しました、3日に広重美術館の後谷地雛祭りに行ったのですが、長くなったので一旦止めて、今日谷地雛祭りを紹介する事にしました。

山形は紅花商人が京都に紅花を持って行き大金を儲け、帰りに雛人形を買って来たと言われており、山形のあちこちに雛人形が展示されています。
谷地の雛祭りには7.8年前に一度行った事が有り、当時は障害者は余り行かなかったのか、様式トイレが無くとても不便でしたが、今回は至る処に障害者用駐車場とトイレが有りました。
今回も河北町民体育館に車を止めて観光協会公開共通雛入場券を購入し、最初に竹谷家の雛を見学しました。
此処は以前も写真撮影OKで、今回も写真撮影OKでした。
此処の雛人形は古今雛人形で200年前の江戸雛です。顔がふっくらしているのが京雛で細面は江戸雛と呼ばれています。
この雛人形の女雛は右の膝を立てています。平安、室町時代に膝を立てる風習が有ったそうです。
膝を立てている雛人形は河北町に2体しか有りません、そのうちの1体がこの雛人形なのです。

下三人官女の所に通常『隋臣」が飾って有りますが、此処では三人官女の脇に『隋臣」が飾ってあります。
この隋臣は江戸後期のものです。
また五人囃子の下の両脇にからくり人形が飾られて向かって右側は楽人演奏、左は踊る人形です

中央には衣装人形と呼ばれ江戸時代のもので200年前になります。この衣装人形は三曲人形で三味線、お琴、胡弓を持っています。

その下には町人が祝っているような人形も飾られていました。

その下にも珍しい楽器を持った女性が両脇におりますこれは竹田人形と呼ばれるもので、歌舞伎の人形です

右側の女性は踊っているようにも見えますね

大きな雛人形の脇には上方の御殿雛が有り、これは白木御殿の古今雛で小さな芥子(けし)雛です、これも200年前のものです。

この雛人形にはお内裏さまの下には3人官女ではなく5人官女がおりました、5人官女は江戸後期のものです。

3段目には珍しい稚児雛がありました、この稚児雛が此処では一番高貴な人形のようです。

雛壇が飾られている隣の部屋ではお茶を出してくれ、其処には和紙雛人形が飾られていました。
とても見事な和紙雛人形で、以前見たときはこの和紙雛人形は有りませんでした。

雛人形の女雛と男雛の飾るのが右の雛壇と左の古今雛で違いますが、大正天皇即位の時から女雛が反対側に来るようになりました。でも上方の方では雛人形の飾りをそのまま現在も守って男雛が向かって左側になっています。
次に第二会場の細谷次郎家に行きました。
此処は町内に伝わるお雛様を特別にお借りして一同に展示していました。

元禄雛は雛人形の初期の作品で元禄時代(1688年~)作られたお雛様です。
頭は木製で男雛の頭と冠は一木で作られ、女雛は天冠を付けていません。

享保雛
雛人形の歴史の中で最も豪華で華美の時代と言われている享保時代(1716年~)のお雛様です。
お雛様の顔は面長で、男雛は足を前であわせる当時の正式な座り方が見て取れ、女雛はふくらみの袴が特徴です。


男雛をよく見ると足を前に出しているのが見えますね
古今雛
江戸後期に端を発し庶民の関心が高まり、明治初期まで雛人形の主流を占めた内裏雛が古今雛です。
現実的な容姿と美しさが人気で、享保雛に比べ顔はふっくらしており、後に目にガラスを用いた(玉眼)お雛様も登場しました。


有職雛(ゆうそくびな)
有職故実に忠実に作られた雛で有職雛と呼ばれています。公家が注文して作らせた雛と言われています。

直衣雛
直衣(のうし)と言う公家の日常の上衣である装束を着用しているところから、直衣雛と名づけられました。
男雛は白臥蝶紋の無双織。女雛の衣装は桂袴(うちはかま)で、女房の常の装束です

次は鈴木家分家の雛人形で蔵座敷に展示されていました、雛人形全体画像です。」

今から400年前谷地城主が設けた市は「節句市」「おひな市」などと呼ばれひな市通りで今日まで続いています。
この日は子供達が「お雛様見しぇでけらっしゃい」と言いながら各家のお雛様をみて歩き、子供達に雛あられや雛豆をふるまいました。
鈴木家の蔵座敷は享保雛は7代前分家された折り、本家から譲られたものです。
立雛

古今雛

親王雛(しんのうびな)
古今雛に類するもので、男雛は直衣姿の有職雛で、女雛は典型的な古今雛で、有職雛と古今雛のセットから親王雛と呼ばれています。

享保雛
顔が面長な享保雛人形

嵯峨人形
この人形はからくり人形で頭をなでると口を開き、舌を出し観光客が触れて舌を出し喜んでいました。

五人囃子
此処の五人囃子は雅楽を持っており、とても素敵な五人囃子でこの人形も人気の的だそうです。

次に行ったのが鈴木家本家の雛祭りで、以前見学したときは門から座敷蔵の雛人形展示会場まで40分位並んで待っていましたが、今年は待つことがなくすぐ見学出来ました。
写真撮影も禁止でしたが、案内の人が見学客が少ないからフラッシュを付けなければ撮っても良いと言ってくれました。
此処の雛人形が等身大の雛人形で蔵座敷の天井まで雛壇が届いています。
本来はもっと高い雛壇でしたが、見学客が入れないと言うことでこちらの蔵座敷に飾ったと言いますがそれでも結構高い雛壇で、飾るときは梯子を使って飾ると言っていました。

七代目の頃京都から仏師や棟梁を招き仏蔵と蔵座敷を造営、什器は雛人形などを集めました。
享保雛や立雛が町の文化財に指定され、紅花国体の時には天皇、皇后陛下がご覧になりました。
この男雛は75センチ 8㌔ 女雛は67センチ 10㌔あります。
女雛が重いのは衣装に綿が沢山入っているからです。

右端に立雛、左に小さいながらも豪華な雰囲気が漂う象牙雛が有ります

象牙雛のアップ

武者人形の2段目中央には神功皇后と武内宿称が飾られています

また此処にはミニチュアの忠臣蔵四十七士人形も有りました

最後に細谷家に行き此処では車椅子を男性4.5人で持ち上げて、車椅子のまま座敷で見学させてくれました。

此処でもからくり人形が有り、上記の写真3段目の右端が鼠の宝尽くしでネジを回すと男が首を振り太鼓が鳴ります。
4段目の右端には三味線曳きで女性の動きに合わせて台の内より音が出ます。
案内人の人がからくり人形を回して見せてくれました。
此処の享保雛人形男雛が67.5センチ 女雛が66.5センチ有ります
雛人形の隣には御所人形が飾られていました
御所人形
おもに男児の赤子、帝をかたどった土製、桐塑製の人形。江戸時代には、その見た目より白菊人形、頭大人形、人形問屋の名前より伊豆蔵人形とも呼ばれてた。御所人形と称されたのは明治時代以降のことである。参勤交代時の西国大名が朝廷、公家より贈答され国許へのお土産としても使われた
御殿の下の段白い大きな人形が御所人形です。

雛祭り会場を5カ所見学した後400年前から続いていると言う、「ひな市」に行って見ました。
沢山の出店が出ており、奥に雛人形のばら売りが有り壊れた部分だけを買い求める人達がいました。
私も小さな毛氈を買い求めて、天童と谷地に雛祭り巡りを終えました。


谷地から見た山々

そのまま帰るつもりが時間があり山寺芭蕉記念館でも雛人形の歴史展をしており、見て帰ることにしました。
芭蕉記念館では1カ所だけ雛人形の撮影OKの場所が有りました。

お雛様のアップで男雛が珍しい冠をしていました

享保雛のアップで下には立雛も写っていますね

珍しい犬筥(いぬばこ)が飾ってありました、
犬筥は犬の形をした男犬、女犬から成る一対の張子の箱で、お伽犬、宿直犬とも称され、 ... これは、犬のようにお産が軽いようにという考え方で、江戸時代にはお嫁入り道具に加えられ、雛祭りにも飾られました。 ...

元気な頃は山寺から芭蕉記念館を見ていましたが、今はもう山寺に上る事が出来ず、懐かしく山寺の見晴台を撮って来ました。

山寺社務所と見晴台アップで

帰りに高速道路山形道から見た山の風景で山形県を後にして帰路となりました。

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